"不死鳥" のなく頃に

「キコニアのなく頃に」考察【ネタバレ有】

● Phase 1 の世界構造について(後編)

前編では、Phase 1 が『仮想世界』である可能性を提示した。この記事では、さらに議論を進めて、仮想世界を生み出した存在『母』などについて考えていく。



『母』という存在は何なのか?

物語には、『お母さん』と自称する謎の存在(以降『母』と呼ぶ)が登場する。
その一つを以下に示す。(一部抜粋)[1]

お聴きなさい、私の可愛い都雄。
あなたの最高優先度目的は、この<地獄>を、如何なる手段を以ってしても、未然に防ぐこと。それを遂行できる唯一の方法は、あやつを、殺すことのみ。あやつを見つけ出して、絶対に殺しなさい。
それだけが、あの<地獄>を、回避する唯一の方法。

内容としては、「あやつを殺す」ことで地獄を「回避」できる、というものだ。青都雄の主張と整合性がある。(青都雄との違いは「都雄自身を殺すこと」が選択肢に入っていないことである。)

さらに、最終章では次のような語りがある。[2]

大丈夫。お眠りなさい。まだ目覚めなくていいの。
私はいいお母さんではないわ。自分の為に、世界の全てを費やす、悪い悪いお母さん。もし、お母さんの悲願が叶う機会が、あなたが生ある間に訪れることになったなら。その時は、お母さんのために力を貸してね。きっとそれをあなたは、僕をお母さんの目的だけの駒に使うなと、怒るでしょうね。
ごめんね、都雄。お母さんは、あなたを駒にする為に生むわ。その代わり。あなたに、やがて実用化される最強の武器、ガントレットを、生まれながらに世界の誰よりも使いこなせる力を与えるわ。あなたはきっと、その力を賞賛されて、幸せな人生を歩めるでしょう。人生の選択において、誰よりも自由に選択できる力を得るでしょう。お母さんがあなたを、駒として使う日が訪れない限り、ね。
願わくば。その日が来ないことを願っているわね。

この語りには多くの情報が詰め込まれている。

  • 『母』が都雄を生んだ
  • 『母』は、都雄に、ガントレットを使いこなせる力を与えた
  • 『母』は、『悲願』を持っている
  • その悲願が叶う機会が訪れたならば、『母』は都雄を『駒』として使うつもりである

 

これまでの情報と合わせて整理してみる。
母の『悲願』とは、『あやつを殺す』ことだろう。

都雄を『駒』として使うとは、青都雄の言う『殺人プログラム』と関係がありそうである。第13章、プログラムである証拠に次のようなシーンがある。[3]

青都雄「君がプログラムだという証拠を見せてあげるよ」
都雄「もったいぶるな。とっととしろ!」
青都雄「じゃあ、君の殺人プログラムのトリガーを引いてあげるよ。これを見てもらえるかな?」
都雄「何だよ。だからとっとと・・・」
・・・え・・・?

青都雄が何を見せたのか、その後、都雄はどうなったのか、肝心な情報が伏せられているため、あくまで推測するしかないが、どうやら都雄は「あるもの」を見ると「殺人プログラム」のトリガーが入るようである。
一つの可能性として、これは『母』が作ったプログラムであり、都雄は『あやつ』の姿を見たときにそのプログラムが発動するよう設定されている、と考えることができる。

この『母』という存在は何なのだろうか?
まず、都雄の物理的な母親とは限らない。
都雄を「産んだ」でなく「生んだ」と表現していることや、まるでゲームマスターのような語り口からすると、物理的な母親よりも、都雄というプログラムを作り出した上位世界の存在であると考えた方が良さそうである。

そして『母』の目的は、都雄を駒として使って、『あやつ』を殺し、<地獄>を回避すること、である。

この『母』は、前章で述べた、仮想空間を生み出している『何らかの存在』 にぴったり当てはまる。
『母』は、仮想世界のA3Wを作った大元となる存在なのではなかろうか。

都雄に特別なプログラムを仕込み、『駒』として扱うことで、仮想世界の中で「あやつ」を殺し、「神のシナリオ」を回避する何らかの方法を探っているのではないだろうか。




『母』・ケロポヨ・青都雄の関係

『母』とケロポヨは密接に関わっていそうである。都雄が「自分はプログラムなのか?」とケロポヨに尋ねた時、『母』の語り口調がケロポヨの声の中に混ざる。[4]

ケロケロ、ゲーロゲロゲロ。
都雄。ゲコゲコ。私の可愛い都雄。
大丈夫。お眠りなさい。ケロケロ、まだ目覚めないくていいの。まだ。
だから、ゆっくりゆっくりと。ゲコゲコ、おやすみなさい。


また、青都雄の存在を感知したケロポヨは以下のような反応をする。[5]

オイラは変なプログラムを見つけたと、奥様にご報告してくるぽよ。
あっ、オイラも奥様に報告するぽよ!
オイラも行く行く、オイラも行く!!
奥様ぁ奥様ぁ!!

ここに出てくる「奥様」とは、『母』のことだろうと考えられる。

青都雄をケロポヨが警戒していることから、『母』と青都雄は協力関係にはなさそうである。
『母』と青都雄は、「神のシナリオ」を阻止するという目的においては同じだが、そのために取る手法が次のように異なっている
・『母』: あやつを殺す
・青都雄: 都雄を消去する [6]

青都雄が都雄を消去すれば、『母』がA3Wの仮想世界を作った目的が失われ、世界そのものが消滅するのかもしれない。(よって必然的に惨劇は回避させる)
もしそうだとすると、青都雄は、仮想世界の中に偶発的に生まれた『プログラムの欠陥(バグ)』のような存在だと解釈することが可能である。
ケロポヨは、メタ的な意味で仮想世界のプログラムを運営しており、バグとしての青都雄を認識し、プログラムを管理する『母』に異常を報告した、と考えられる。



 

『あやつ』= 脳スパコン

青都雄や『母』が指摘した『あやつ』とは、一体誰(何)なのだろうか?

まず、青都雄「三人の王を。あやつを、殺すんだ」の発言 [7] より、「三人の王 = あやつ」と考えてみる。
青都雄や『母』によると、『あやつ』を殺せば「地獄を回避」できるという。
「三人の王」を殺せば、地獄を回避できるだろうか? そうは思いにくい。
「三人の王」は確かに第四次世界大戦の誘発などには関わっていそうだが、それ以外の様々な災害(8MSの停止等)は、三人の王とは無関係なところで起きており[8]、三人の王を殺したところで神のシナリオが止まるとは思えない。
よって、ここでは「三人の王 = あやつ」の可能性は除外する。

ここで発想を転換して、「神のシナリオを止めるには誰を殺す必要があるか?」を考えてみる。
『あやつ』が単数形であることから分かるように、その人物は一人である。神のシナリオを推進している真の黒幕がいたとして、その人物を殺せば万事解決するのだろうか。あれだけ多くの組織が動いていて、一人殺せば全計画が中止になるようなことがあるのだろうか?
もしかしたら黒幕のリーダー的な存在がいるのかもしれない [9] が、ここでは別の可能性を考えてみよう。

『あやつ』とは『脳スパコン』のことである。

過去の記事の脳スパコン仮説を前提にしている。仮想世界を生み出す脳の集合体(脳スパコン)を、一つの生命体とみなして、『あやつ』と表現しているのではないだろうか。 『あやつ』と呼ぶことで、人物を連想させるところがミスリードである、と考えるのである。

「あやつ= 脳スパコン」ならば、それを殺せば「神のシナリオ」が止まるというのは、十分理解できる。人類を移住させるためのハード本体が失われれば、計画は続行不可能になってもおかしくはない。また、青都雄が「殺し、壊す」プログラムだ、と言っていることにも注目したい。[10] 人を殺めるだけの、『殺人』プログラムであるならば、「壊す」という言葉を使う必要はない。「壊す」とは、脳スパコンという構造物を破壊するということを示唆しているのではないだろうか。




『母』= 藤治郎 説

次に、『母』の候補を考えてみる。
もちろん、未登場の人物である可能性も大いにあるが、ここでは既出の人物から当てはまりそうな人を探してみよう。

『母』の目的と最も合致しそうなのは、藤治郎である。以下がその理由である。

  • 「神のシナリオ」に対する十分な知識がある
  • 「神のシナリオ」を何としても阻止したいという意志が感じられる
  • 都雄を「駒」として使いそうな人物として最も当てはまる

 

藤治郎が『母』となった経緯として、次のような仮説を考えた。

  1. 現実世界で、藤治郎は「神のシナリオ」が完了するまでの過程で、妻のフィーアと子どもの都雄を失った。家族を守れなかった喪失感から、「神のシナリオ」を阻止できなかったことに強く悔いを残す
  2. 「神のシナリオ」が完了し、全人類が脳を抜き取られ巨大なコンピュータの一部となり、仮想空間へ移住する
  3. 藤治郎の脳の強い意志により、A3Wを再現した仮想世界が生み出される
  4. その世界で、藤治郎は『駒』として都雄をプログラムした。もし、仮想世界で「神のシナリオ」を阻止できる可能性が見つかったなら、都雄に全てを破壊させることを目的として。

 

物語には、「1000年」という時間スケールが出てくる。[11,12]
もし、Phase 1 = 仮想世界 で、現実世界では既に神のシナリオが完了しているならば、この時間スケールに、次のような意味を持たせることができる。

現実世界は、神のシナリオが完了してから、1000年後の世界である

「1000年後の物語」は、この仮説から想像してみた物語である。
根拠として提示できるものは現時点ではほぼ無いに等しいが、キコニア世界を解釈する一つの可能性として提示しておく。




セシャトについて一言

藤治郎と同じく、「神のシナリオ」を阻止する強い意志が感じられ、電脳チート能力を持つセシャト。彼女について少しだけ憶測をしておく。
もしかすると、彼女は、現実世界では、脳抜き工場の最初の犠牲者(脳スパコンの最初のパーツ)だったのかもしれない。
そのため、仮想空間では、例外的なチート能力持ちであり、かつ、第一犠牲者として「神のシナリオ」を阻止するという強い意志を持っていたのではなかろうか。




1000年の未来

「1000年」という時間スケールが登場するシーンの意味を考えてみる。
まず、地下研究所のフィーアのシーン。[11]

フィーアは、眼下の深淵に眠るそれのことを、それ以上は知らない。
原理も、意義もわからない。しかし、あの深淵は、翻訳を完全に終えた、完成品なのだという。
あのハッチの中に封じられた何か。それは、千年後の未来に、直結しているのというのだ。
つまりはまさにそれは千年後に通じる扉なのだ。

このタイムカプセルは、まだ起動していない。その中身はまだ、空っぽだ。
作ったからには、千年の後に何かを送る為に作ったはずなのだ。
しかし、中に収めるべきものが何なのか。それはまだ、翻訳されていない。
「千年後へのギフトボックス。一体、この中身にふさわしいのは何なのかしら? 人? モノ? 知識?」

地下研究所の1000年後へと繋がるという扉。
それは、『現実世界へ繋がる扉』なのではないだろうか?
仮想空間のA3Wの中に作られた仮想空間である(と予想される)地下研究所に、現実と繋がる扉がある、というのは何とも面白い世界構造だ。
1000年後へと何かを送るタイムカプセル。それは仮想空間で見つけた「何か」を現実世界へと送ることを意味する。
その何かについて現時点では分からないが、その「何か」が、物語を True end に導くための鍵となるのかもしれない。

次に、終盤のセシャトのシーンを考える。[12]

セシャト「あれあれ。意外にカワイイ寝顔だねー。まさか、無責任に。千年間も眠り続けるつもりー? 起こしに来たよ、寝坊助。あんたじゃなきゃ、あの二人は呼び戻せない」
セシャトはゆっくりと、手に握りしめたそれを掲げる。
指の間からは、暁の輝きにも似た光が、あふれ出していた。

これは、現実世界の if の世界(神の計画が完了する前)であると解釈する。
「千年間も眠り続ける」とは、脳髄を引き抜かれ、脳スパコンの一部となることを表しており、間際のところでセシャトがそれを止めにきた、という見方だ。
「あんた」と「あの二人」については決定的なことは何も言えない(未登場人物の可能性もある)が、例えば、「あんた」= 藤治郎、「あの二人」= フィーアと都雄、などと当てはめてみることもできる。




True endへの条件

以上を元に、「キコニアのなく頃に」で True end を迎えるための条件を提案しておく。

  1. まず、現実世界で「神のシナリオ」が完了していることから、何らかの方法で時間を戻す(もしくは違う世界線に移る)必要がある。そのスケールは1000年。「神のシナリオ」が完了する前から、全てをやり直すのである
    発動条件としては、仮想A3Wの地下研究所の1000年後(現実)に繋がる扉に「何か」を入れて送ることである(何を入れるべきかは現時点では不明)
    これで、ルールXYZの幻想描写 = 仮想空間 を脱却する
  2. そして、現実世界を巻き戻した後、「神のシナリオ」を止めるために、「あやつ = 脳スパコン」を破壊する
    これで、ルールXYZの絶対の意志 =「神のシナリオ」を阻止する
  3. さらに、ガントレットナイトの内通者を生み出す元凶を元から断つ
    これで、ルールXYZのランダム要素を克服する

これら3つが、True end(神のシナリオ阻止・ガントレットナイト全員生還エンド)に分岐するための必要条件である。




まとめ


以上、Phase 1の世界構造というゲームの中でも最高難易度と呼べる謎について、一つの解釈を述べてみた。まとめとして、以下に図で表しておく。

 

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“不死鳥”のなく頃に

最後に、本ブログのタイトルについて触れる。
竜騎士07は対談の中で「キコニアのなく頃に」というタイトルについて、「元は別のタイトルを考えていたが、作品の本質に迫りすぎるので、キコニアに変えた」と言っている。[13]

『電脳世界で永遠の命を手に入れ、1000年間の眠りにつく人民の脳』
『何度も新しい世界を生み出しては過ちを繰り返す人類』
この世界観は、まさに手塚治虫の「火の鳥(未来編)」のようだ。
仮想世界の中で、何度も死しては復活を繰り返す人類を思い浮かべて、
「不死鳥のなく頃に」というタイトルを想像してみた。

全ては、人類を正しく導く為に
All is in the name of guiding humanity down the right path.

……願わくば、最後には、人類を正しい方向へ導いて欲しいものである。




[1] 第13章 プログラムである理由: 脳抜き工場シーンの後
[2] 第25章 預言の刻: エンディング後
[3] 第13章 プログラムである理由: 青都雄と都雄の会話
[4] 第24章 天災のお子様ランチ: ケロポヨと都雄の会話の後
[5] 第22章 第2次世界同時停戦: 終盤、青都雄登場後
[6] ただし、青都雄は「都雄を消去するためのプログラム」と自称する一方で、「3人の王を、あやつを殺せ」などのヒントも与えている。単純に、都雄を消去することだけが目的ならば、これらのヒントを与える必要はないので、もしかすると都雄を助ける何らかの意図があるのかもしれない
[7] 第6章 人格混同の人権侵害: 青都雄と都雄の会話
[8] 第22章 第2次世界同時停戦: ジェストレスと3人の王の会話
[9] 第18章 神のシナリオ: セシャト「ゲームをしてるのは私たち? それともやっぱり、アイツかな?」というように、黒幕の存在をにおわせるようなセリフもある
[10] 第3章 お疲れ様大浴場: 青都雄初登場時の会話
[11] 第8章 第3の適性: フィーアと科学者の会話
[12] 第25章 預言の刻: エンディング後の一カット
[13] うみねこのなく頃に咲/キコニアのなく頃に リリース記念放送(YouTube)





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