○ クロエ裁判
裁判が開廷された。
青髪の検事と、赤髪の弁護人。
そして、被告人の席には、クロエが立っている。
判事 |
「静粛に! これより、裁判を開廷する」
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判事は、罪状を読み上げる。
判事 |
「被告人、クロエ・アイアンサイドは、AOUガントレットナイトを裏切り、 多数の死傷者を生み出す原因を作った『内通者』である」
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クロエ |
「わ、私は、内通者なんかじゃありませ……」
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検事 |
「いいえ、あなたは内通者ですッ!!」
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被告人の言葉にかぶせるように、検事の席から威勢の良い声が上がる。
皆の注目を集めると、青髪の検事はニコリと笑みを浮かべ、優雅にお辞儀をして見せた。
検事 |
「初めまして、皆様ごきげんよう。私は一なる真実を追い求める検事。
今日は、被告人の罪を、この場で徹底的に洗いざらい暴いて差し上げましょう。 さあ、まずはこの証拠をご覧なさい」 |
検事が指を鳴らして合図をすると、提出された証拠映像が流れる。
戦場で命がけの戦いをするリリャとクロエ。仲間であるはずのリリャに、クロエが突然、電流を流す。
リリャ |
「や、やめろ!! 電流流すの、やめろぉ!!! クロエ、テメェ、帰ったら絶対にぶっ飛ばす!!」
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クロエ |
「クスクス。いいですよ? 好きなだけぶっ飛ばしてくださいね。 生きて、帰れたらの話ですがね?」
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リリャ |
「クロエえええええええええええ!!テメエええええええええああああああああああああ!!!」
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クロエが怪しげな笑みを浮かべ、リリャにミサイルが接近したところで、映像は途切れた。
クロエ |
「ち、違います……!! これは何かの間違いです……」
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検事 |
「これほど決定的な証拠を見せられても、まだシラを切れるとは。
さすがですね。でも、それも時間の問題です。 あと数手ほどで、すぐに詰めて差し上げます。 次の証言をご覧ください!」 |
検事は次なる証拠を提示する。
それは、第九最上騎士団団長による『四大陣営の全てのガントレットナイトのエース部隊に団員を潜入させた』という証言であった。
検事 |
「このように、各エース部隊に必ず内通者がいるということは、ちゃんと第九最上騎士団団長より証言されています。AOUの内通者が『あなた』である、という状況証拠はそろっているのです!!」
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クロエ |
「違う…………私じゃない…………うぅ……」
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震える声で否定するクロエを全く意に介さず、検事は意気揚々と話を続ける。
検事 |
「私は、あなたの経歴を調べてみました。
あなたは、AOUカナダのガントレットナイト訓練施設の出身でしたね。訓練生としてのあなたは当初、成績最下位の使い捨てのコマでしかなかった。ところが、ある日突然、評価基準が変わったことで、急にトップの成績となり、いつの間にか、エース部隊への入隊が決まっていた。 …………このことから何が考えられるでしょうか? そう! 第九最上騎士団が、あなたを内通者として施設に潜り込ませ、エース部隊に入隊させるよう裏で糸を引いていた、ということです。 彼らは外部から秘密裏に干渉し、あなたがトップとなるよう『評価基準を変えた』のです。 つまり、あなたの地位は、実力で掴み取ったものではないッ! 努力でも才能でもなく、初めから敷かれていたレールに乗っていただけ! あなたのこれまでの人生、経歴、その全ては、第九最上騎士団に御膳立てされた『茶番』だったのです!!」
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クロエ |
「ひ…………ひどい……………嘘……………だ…………………」
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自分の人生の全てを否定され、クロエは目に涙を浮かべて下を向く。憤りと悲しみで全身は震え、立っていることすらままならない。 そんな様子を見た検事は、自分の推理が相手の心に突き刺さっている手応えを感じて、満足げに微笑む。
検事 |
「いかがですか皆様? 灰色の脳細胞を持つ検事は、被告人の経歴を見ただけで、この程度の推理が可能です。ふふふ、ですが一番盛り上がるのはここからですよ。
…………みなさん、クライマックスへの準備は出来ていますか? さあ、お見せしましょう!!!! 『真実の力』をッ!!!!」 |
そして、スポットライトを浴びるように両手を広げ、検事は 赤 字 で こう宣言した。
それは、この裁判では、この決定的な事実が覆らないことを意味していた。
そう。これは『クロエが裏切り者である』場合のカケラ世界。
この裁判で問題とされるのは、「クロエが内通者かどうか」ではなく、「クロエが内通者であったことが確定した上での罪の重さ」なのである。
クロエ |
「そ、そんな………………………………」
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絶句してその場に凍りつくクロエ。 検事は高らかに笑い声を上げた。狂気をも思わせる笑い声が、広いホール全体に何度もこだまする。
判事 |
「検事! 静粛に!!」
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検事 |
「おっと失礼、少々興奮しすぎてしまいました。
ああ、真実が確定しているのって、なんて気分がいいのかしら!! さあ、いよいよ最後の詰めです。まとめに入りましょう。 第九最上騎士団に内通者として育てられた被告人は、騎士団の暗躍により、まんまとAOUガントレットナイト代表の座を得ました。 そして、都雄の理念に賛同するふりをしながら、裏で第九最上騎士団団長やジェストレスと連絡をとり、皆と交わした不殺の誓いを破って裏切ったのです。被告人の裏切りによって何人ものガントレットナイトたちが犠牲になりました。いや、その後の破滅的展開を見れば、全人類が犠牲になったと言っても過言ではありません!! 最後まで罪を認めようとしない往生際の悪さからも、反省しているようには全く見えず、情状酌量の余地もなし!! よって検察側は、被告人に、極刑【無限カケラ世界への島流し】を求刑します。 これにてQED!! チェックメイトですッ!!!!」 |
検事は力強く、そう叫んだ。
一切の反論の余地がない、美しいほど完璧な論理に、異を唱えるものはいない。
会場はシンと静まり返る。
絶望のどん底に沈められたクロエは、その場にへたりと座り込んだ。
クロエ |
「もう、何が正しいのか分からない………………私は罪を認めるしか…………」
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目を閉じてクロエがそう呟いた時、弁護人席から声がした。
弁護人 |
「…………駄目だ…………全然駄目だぜ」
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一同 | 「!!」
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弁護人 |
「待たせたな、クロエの姉ちゃん。 安心しろ、俺が付いているぜ!」
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そう言って、赤髪の弁護人は被告人にニッと微笑みかけた。 彼は、両手をバン!!と台に叩きつけて言い放つ。
弁護人 |
「弁護人は、被告人の【無罪】を主張する!!!!」
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その言葉に、会場がざわつく。
検事 |
「ちょっと待ってください!! む、無罪ぃ!?
さっき、私が 赤 字 で 確定させたこと、聞いてましたよね?? 被告人が裏切った、という事実は、絶対に覆らないのですよ? それなのに無罪を主張するというの!?」
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弁護人 |
「ああ。これからそれを証明してみせてやるぜ!」
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検事 |
「お、面白いッ!! やれるものなら、やってみなさいッ!!」
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検事と弁護人は視線でバチバチと火花を散らす。
弁護人は振り返り、悠然とした動作で一同を見渡した。
弁護人 |
「じゃあ、始めるぜ。
まず、みんな、パラレルプロセッサーという言葉を知っているか? ガントレットナイトにとって必要不可欠な並列処理の能力を持つ人たちのことだ。 このパラレルプロセッサーは、一般的に『複数の人格』を持つといわれている……」
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検事 |
「なるほど、読めました!! あなたは、つまり、こう言いたいんでしょう? 犯行を行ったのは、あくまで『別人格』の人間であって、今そこに立っている被告人の人格とは限らない、と」
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弁護人 | 「ああ、そうだぜ」
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検事 |
「なるほど、その情報は私も知っています。
弁護人の言う通り、被告人には2つの人格がいるようです。 一人は、正義感の強い真面目な女の子の人格で、もう一人は、腹黒い笑顔を見せる歪んだ人格、通称『黒エ』。 あなたの言うとおり、犯行を行ったのは『黒エ』であって、今、そこに立っている『クロエ』ではない、と。そう主張することもできるでしょう」
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クロエ | 「あの…………」
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検事 |
「しかし!! そんな暴論がまかり通って良いのでしょうか?
『クロエ』も『黒エ』も、元を辿れば同じ被告人を構成する人格なのです。どちらの人格だとしても、彼女が罪を犯したということには何ら変わりない!! そんな手で罪から逃れようなんて甘すぎですッ!!」
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弁護人 |
「ちょいと待ちな…………俺は、そもそも『クロエ』と『黒エ』が別の人格だ、なんて一言も言ってないぜ?」
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検事 |
「な!? 一体、何が言いたいの!?」
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弁護人 |
「今言った通りどっちも同じ人格だということだ。そうだよな? クロエの姉ちゃん」
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クロエ |
「そ、そうです…………あの、私、ときどきあんな性格になるんですけど。 あれ、別に多重人格とかじゃなくて、あの、キャラ的な要素といいますか、そういうもので…… あの、紛らわしくてすみません……」
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弁護人 |
「謝ることはないぜ。 人にはそれぞれキャラクターっつーものがあるんだからよ。 裏の顔を持つ真面目な女の子、ミステリアスで素敵じゃねぇか!」
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検事 |
「キャ、キャラですって……!? じゃあ、一体全体どういうことなんですか!?」
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弁護人 |
「ああ、話がそれちまったな。つまり、俺の主張はこうだ。
内通者は、被告人の元々の人格ではない。 外部に『作られた』人格なんだ!! 第九最上騎士団は、被告人に『スパイ人格』をインストールした!!」
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検事 |
「はぁ? スパイ人格をインストールぅぅう?? 何ですかそれ??」
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弁護人 |
「あり得ない話じゃあないぜ? 全てが電脳化されているこのキコニア世界、人格がハッキングされたっておかしくはないだろ?
人工知能で作られた人格が紛れ込んでいたって、端から見りゃ区別はつかない。それに思い出してみろ、あの環境をよ。ガントレットナイトのほとんどがパラレルプロセッサーであり、さらに、お互いの内部の人格について詮索するのはマナー違反だという暗黙の了解がある。 これは、スパイ人格を潜入させるのに、まさにうってつけの環境じゃあねえか!!」
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検事 | 「な…………!?」
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弁護人 |
「第九最上騎士団は、クロエの姉ちゃんを『スパイとして育てた』とは一言も言っていない。
『団員を潜入させた』という表現を使っているんだ。 これは人工的に作った『スパイ人格』の団員をターゲットに『潜入させた』という風に捉えることも可能じゃあないか? もしそうだとしたら、クロエの姉ちゃんのオリジナルの人格は、無実の可能性があるってわけだ。 よって、今、被告人に有罪判決を下すのは時期尚早!! 証拠不十分により『無罪』ってことだ!!! これが弁護側の主張だぜ!!」
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検事 |
「異議ありッ!! あなたらしいトンデモ理論ですね!
……いいでしょう。100歩譲って、そんな、『スパイ人格』なるものが存在したとしましょう。 でも、だからなんだって言うんですか? それでも『クロエが内通者である』という事実は変わりません! それは、今後のエピソード、Phase2でも3でも、クロエはAOUを必ず裏切るということッ!! この場できっちりと制裁を下しておくべきです!!」
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弁護人 |
「異議ありッ!!! それは大いに違うッ!!
今回、クロエの姉ちゃんがスパイにされたことと、今後のエピソードがどうなるかは、まったくの別物だぜ。 (以下うみねこのなく頃にのネタバレ有のため反転)現に、前作『うみねこのなく頃に』でも、エピソードごとにゲーム盤の『共犯者』は変わっているッ!!!!!! 今回、クロエの姉ちゃんが裏切り者にされたのは、偶然サイコロの目が彼女を選んだ。それだけのこと! 彼女が毎回必ず裏切り者になるという保証など、どこにもありゃしねぇッ!! 今後のPhaseでは、全く別のガントレットナイトが裏切り者になる可能性だって、十分に残っているんだ!!」
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検事 |
「くぅッ! そんなメタ推理を持ち出してくるなんて反則です!! 前作と今作が同じ保障なんてどこにもありません!!!! 第一、そんな証拠もないのに!!!!!」
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弁護人 |
「……ああ、確かに、証拠は不十分かもしれねえ。
だけど、彼女が『間違いなく有罪』だいう証拠もねぇ!! だってよ…………もし、スパイ人格がインストールされたのだとしたら、そいつを『アンインストール』することだってできる、と考えるのが道理じゃねぇか。 これは、クロエの姉ちゃんだけじゃなく、疑惑の目を向けられる可能性のある全てのガントレットナイトたちに言えることだぜ。 俺たちは、信じないといけねえ…………ガントレットナイトの若者たちが、皆で語り合った理想の世界を必ず実現できる、ということを!! 本心の部分では、誰も裏切りなんて望んでいないんだ。そう信じたい。いや、きっとそうなる!! そう、これは弁護なんかじゃない!! 『予言』だッ!! 『ガントレットナイトは、誰一人欠けることなく、誰一人裏切ることなく、全員で結束して生還するエンドを迎える!!』 俺たちプレイヤーがそれを信じてやれなくて、一体どうするってんだッ!!!!!!」
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検事 |
「ぐ…………………………」
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検事、勢いがそがれたように口をつぐむ。
クロエ | 「………………」 |
再び、静まり返る会場。
判事が口を開き、判決を下した。
判事 |
「判決!! 今回の被告人クロエは、間違いなくAOUの内通者である。
しかし、それは、外部に作られた別人格の可能性が否定できず、 また、違う世界線で、この結果が必ず繰り返されるとも保障できない。 そのため、最終的な結果が観測されるまで、この裁判所を、一時的に『猫箱の中』へ閉じ込めることとする! これにて閉廷!!!!!」 |
…………さて、クロエは無罪か有罪か?
…………弁護人の『予言』は当たるか外れるか?
現時点で真相は『猫箱の中』である。